明日はきっと良い天気

※書いている途中の小説です。(2018.11.29分。30分遅れ失礼しました)

 

呼吸が止まる瞬間は、筋肉が動いていないらしい。空気を吸い込む肺には筋肉が無くて、横隔膜を周辺の筋肉が動かすことで人は呼吸ができているのだと、いつだったかのテレビ番組で説明していたことを彼女は思い出していた。それは健康番組の類だったと思うのだけれど、それを見ながら彼女が考えていたのは自身の体のことよりも遠い昔に見た景色だった。あの頃は呼吸をするのを忘れるような――つまりは生きることを体が放棄するような瞬間なんてものが毎日にようにあったはずだったのに、大人になってしまうとそんな瞬間に出会うことは無くなって、体は無感動に同じ動作を繰り返すばかりだ。時折それが滞るとしたら誤作動でしかなく、苦しいばかりで、歳をとったものだと笑い飛ばすのもどこか虚しい。
 せめて記憶の中でだけでも昔の感動を再生できたらよかったのに、目蓋の裏に映す幻影が呼び寄せるのは寂寥感ぐらい。どうしたものか。
八方ふさがりだなぁと彼女は呟く。疲れによって暴走しっぱなしだった脳ミソの思考をいったん止める。いけない、仕事中だと反省して、年代物のコピー機が吐き出したFAXの紙に目を移す。新規のご注文だ。毎度あり、と言いながらデスクに戻って腕を天に伸ばす。
ブラインドのかけられた窓を見たところで真っ暗で、時代遅れに煙った部屋は息苦しい。それでも目一杯に背筋を伸ばし、肩を回してやれば幾分か気分が紛れた。
「あれ、まだ残ってたの?」
事務所の重々しいドアを開いて入ってきたおじいちゃん社員に彼女はにっこりと笑う。
「明日の分も処理進めておこうと思って残っていたらついつい……でももう帰りますよ!」
「無理するんじゃねぇぞ。施設にも通ってんだろ? ちゃんと休めてんのか?」
「施設は休みの日だけだし、ちゃんと休んでますよ、大丈夫!」
浮き上がりもしない力こぶを作って見せれば、おじいちゃん社員は苦笑いをひとつ。
「ならいいけどよ。もう終わるなら駅まで送ってこうか?」
「いいですよ。お孫さん来てるんでしょ? 早く帰ってあげてくださいよ」
「ん、じゃあ先に失礼するわ」
「お疲れ様でしたー!!」
ばたん。
扉が閉じると同時に落ちたのは、ため息。
別に代わり映えしない毎日だからといって、不幸だと嘆いて迷惑をかけたいわけではないのだ。ただ、どうしようもなく美しい空を見たい気持ちになってしまうことがあるだけで。
「ダメだ! 早く帰ろう!」
俯きそうな顔を勢いよく上げて、彼女は今日の業務をまっとうするためにPCのキーボードに手をかけた。
「うっ、ごっほごほ!」
勢いが良すぎたのか、咳が零れた。

(現代ファンタジーになる予定)