無口な小説家は墓を掘る

※書きかけ小説の冒頭。

 幕開け

痛い痛いと泣いているあの子の手は真っ黒だった。

 死にたくないと希うあの子の泣き顔を見ながら思うのは、私も似た顔をしているのだろうということ。

 胸が痛む。哀しい。ううん、苦しい?

 それでも、ザカリザカリと動く手を止められない。

 殺さなければ。

 あの子を殺さなければ、死ぬのは私で。

 そして、大切な私の半身も道ずれになる。

 それは予感を通り超えた予知にも似たモノ。

 何が一番大切なのか。

 私は決めたのだ。

 決めたはずなのだ。

 だから私は必死に手を動かしている。

 あの子と同じくらいに手が黒くなるのも気にせずに。

 そしてようやく終わりが来る。

 この瞬間を待ち望んでいたように朝日が目に射しこんでくる。

 まるで舞台のひと間。

 あつらえたようなタイミング。

 眩しい。

「ふふっ」

 自然と笑いがこぼれた。それと同時に意識が遠ざかっていく。

 そのまま素直に意識を手放すとカラン、と小さな音が私に語りかけた。

『これで、さようなら?』

 うん、ごめんね。

 もう2度と会わないように埋めてしまうね。

明日はきっと良い天気

※書いている途中の小説です。(2018.11.29分。30分遅れ失礼しました)

 

呼吸が止まる瞬間は、筋肉が動いていないらしい。空気を吸い込む肺には筋肉が無くて、横隔膜を周辺の筋肉が動かすことで人は呼吸ができているのだと、いつだったかのテレビ番組で説明していたことを彼女は思い出していた。それは健康番組の類だったと思うのだけれど、それを見ながら彼女が考えていたのは自身の体のことよりも遠い昔に見た景色だった。あの頃は呼吸をするのを忘れるような――つまりは生きることを体が放棄するような瞬間なんてものが毎日にようにあったはずだったのに、大人になってしまうとそんな瞬間に出会うことは無くなって、体は無感動に同じ動作を繰り返すばかりだ。時折それが滞るとしたら誤作動でしかなく、苦しいばかりで、歳をとったものだと笑い飛ばすのもどこか虚しい。
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